ムネモシュネ

記憶とはこんなにも不死

『あらゆる名前』ジョゼ・サラマーゴ

戸籍管理局に勤める実直な男が主人公の小説。
彼には有名人のプロフィールをスクラップして収集するという趣味がある。
ある日誘惑に負けて禁を犯し、ただ趣味のためだけに有名人の戸籍を覗き見てはその内容を複写するようになる。やがて有名人のみに飽き足らず、無名の人々の戸籍とその生涯を追うようになる。というのが一応のあらすじ。

ジョゼ・サラマーゴらしく、一文は長く表現は回りくどい。いわゆる悪文というやつだろう。そして時折挟まれる皮肉はきつい。それでも私はこの作家の書く小説が好きなのだった。この作家は回りくどい表現を用いつつも言葉選びは緻密なので、できあがる文章は厳格な印象を与える。どこか昔の東欧の空気が感じられる。(彼はポルトガルの作家だ。)

たとえば『白の闇』ほどの大胆な舞台装置はないので、ストーリーの面白みにはやや欠けるかもしれないが、主人公の夜の息遣いが聞こえてきそうな緊迫感は『白の闇』にも劣らない。
邦題がいいですね。文章中に「あらゆる名前」の文字を見つけたときには幸福を感じた。文の波打つリズムによって構成される音楽的な幸福。